デイサービスひより 石川県白山市 

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しゃちょの読書日記【ブログ更新しました】

『理想主義者』三沢光晴 ランダムハウス講談社文庫 (2009年)

『理想主義者』という題名には、少し独特の響きがある。
世の中では「理想主義者」と言うと、現実を知らない人を、やや皮肉を込めて呼ぶことがある。
きれいごとを言う人、というわけである。


だが、この本を前にすると、その言葉の意味は少し変わってくる。
三沢光晴にとって理想主義とは、現実から目をそらすことではなかったのだと思う。
むしろ逆である。
現実の重さを引き受けたうえで、それでも理想を下げないこと。
私は、この本をそういう本として受け取った。

この本を単なるプロレス本だと思って構えるのは、少々もったいない。
もちろん、土台にあるのはプロレスである。
だが、そこで問われているのは勝ち負けだけではない。


才能とは何か。
真剣勝負とは何か。
技術とは何か。
進化とは何か。
そして、強い組織とは何か。


リングの話をしているようでいて、実は仕事論であり、組織論であり、生き方の話にもなっている。
そこが、この本の懐の深さである。

この本の魅力は、やはり三沢光晴という存在そのものにあると感じる。
リングに上がる人間が「強さ」を語るのだから、普通なら腕力や根性の話に流れやすい。
ところが、三沢が見ていた強さは、それだけではない。
判断、責任、節度、継続、そして簡単には折れない心。
本当に強い人ほど、強さを単純には語らない。
そこに、この人の凄みがある。

私にとって三沢光晴は、ただ強いレスラーというだけの存在ではない。
華やかな技や勝敗を超えて、その背中から「生き方」を感じさせる人である。
多くを語りすぎる人ではなかった。
だが、語りすぎないからこそ伝わってくるものがある。
言葉より先に、生き様のほうがこちらに届いてくる。
私は、そういう人に昔から惹かれる。
本物とは、たいていそういうものだと思うからである。


そして、この題名はやはり重い。
理想を掲げること自体は、実はそれほど難しくない。
難しいのは、現実に揉まれながらも、それを手放さないことである。
古い慣習をただ壊すのではなく、進化させようとする。
強さを誇示するのではなく、その意味を問い直す。
そういう姿勢には、派手さとは別の凄みがある。

理想主義者というより、私はむしろ、現実に対して最後まで手を抜かなかった人という印象を受ける。

私自身、事業を経営していると、理想だけでは前に進めない現実を日々感じる。
人の問題、資金の問題、現場の問題、制度の問題。
どれも簡単ではない。
しかし、だからといって理想を下げてよいわけではない。
ご利用者様に安心していただくこと。
スタッフ皆が、やりがいを持てる場所をつくること。
地域に必要とされる施設であり続けること。
そうした理想は、現実が厳しいからこそ、むしろ手放してはいけないものだと考えている。

その意味で、三沢光晴という人の姿勢には、強く響くものがある。

理想を語る人は多い。
しかし、現実を知ったうえで、それでも理想を下げなかった人は多くない。
三沢には、その静かな強さがあった。
声高に叫ぶのではなく、リングの上で、組織の中で、自分の背中で示してきた人だったのだろう。

この本は、読む人によって心に引っかかる場所が違うはずである。
プロレスが好きな人なら、技術や真剣勝負、進化の話に強く惹かれるだろう。
経営や組織に関心のある人なら、「強い組織とは何か」という問いだけでも十分に読む価値がある。
そして人生のどこかで、「理想を持つことは現実離れなのか」と迷ったことがある人には、この題名そのものが深く刺さるはずである。


こういう本に強く惹かれる。
派手な自己演出ではなく、長く積み上げてきた人間の言葉が、そのまま静かな説得力を持っている本である。
読んでいると、声を荒らげて何かを主張しているわけではないのに、不思議とこちらの背筋が伸びる。
本物の人は、たいていそのような話し方をするものだ。

勝った、負けただけではない。
派手だった、地味だったでもない。
どう生きたか。
何を背負い、何を守ろうとしたか。
そこに人は残るのだと思う。
この本を読むと、そのことをあらためて考えさせられる。


『理想主義者 三沢光晴が見た夢』は、プロレスの本であると同時に、生き方の本であり、働き方の本であり、組織を率いることの本でもある。
だから間口は狭く見えて、実はかなり広い。
三沢光晴を知っている人にはもちろん強く薦めたい。
しかし、名前しか知らない人にもぜひ読んでほしい。
「理想主義者」という言葉の意味が、少し変わるはずである。

読み終えたあとには、強さとは何か、進化とは何か、守るべきものとは何かを、静かに考えたくなる。
そういう余韻を残す本は、やはり強い。
そして三沢光晴という人もまた、時がたってなお人の心に残り続けるという意味で、本当に強い人だったのだと思う。

この本は、三沢光晴という一人のレスラーを知る本である。

同時に、理想を持って現実と向き合うとはどういうことかを、読む者に静かに問いかけてくる本でもある。
だからこそ、私はこの一冊を、プロレスファンだけでなく、仕事や人生の中で何かを背負っている人にも読んでほしいと思う。


 

『渋谷ではたらく社長の告白[新装版]』 藤田晋 幻冬舎文庫(2013年)

『渋谷ではたらく社長の告白』という題名には、どこか時代の匂いがある。
渋谷、社長、告白。
言葉の並びだけを見れば、都会的な成功譚、あるいは勢いのある起業家の華やかな自伝を想像する人も多いだろう。
私も最初は、多少そのような先入観を持っていた。

だが、読後に残った印象は、それとはかなり異なるものであった。
そこにあったのは、成功の演出よりも、むしろ経営者という立場に不可避につきまとう孤独、責任、そして判断の重さである。


私は今年、創業から十年という節目を迎えた。
この十年を振り返ってつくづく思うのは、社長という立場は、世間が想像するほど自由なものでも、華やかなものでもないということである。
むしろ逆である。
最終的に誰かに委ねることのできない判断があり、その結果の責任だけは必ず自分に返ってくる。
人の問題も、金の問題も、事業の方向も、うまくいかなかったときの痛みも、最後は社長が引き受けるほかない。
経営とは、肩書ではなく、責任の受け皿になることなのだと思う。
その意味で、この本に書かれていることには、業界の違いを超えて共感する部分が少なくない。

もちろん、藤田晋氏の歩んできた道と、私の歩んできた道とは大きく異なる。
彼の舞台は、渋谷という都市空間であり、インターネットという成長産業であり、速度と変化が支配する市場である。
一方、私の仕事の舞台は地方であり、介護という生活の現場であり、
ご利用者様とご家族、スタッフ、地域との信頼関係の上に成り立つ営みである。

片や急成長の産業、片や日々の暮らしに深く根ざした地域福祉。
見ている景色はかなり違う。

しかし、それでもなお、経営の根にあるものは驚くほど似ている。
夢を持つことと、その夢の責任を負うことは、まったく別の次元の話である、という一点である。


起業という言葉は、しばしば自由や挑戦や成功といった明るい語彙で語られる。
だが現実の経営は、それほど晴れやかなものではない。
夢を掲げることはできても、それを守り抜くには、迷い、傷つき、ときに追い詰められながらも、なお決め続けなければならない。
本書が価値を持つのは、そうした泥くささを隠していない点にある。

起業を美談に仕立てるのではなく、経営の過程にある揺れや脆さまで含めて描いている。
私はこの本を、起業の成功談としてではなく、経営者の覚悟をめぐる書物として読んだ。


同時に、本書を読みながら、自分との違いもはっきり意識した。
藤田氏の経営は、市場の中で会社を成長させ、競争の中で勝ち筋をつかんでいく戦いである。
それに対して、私がこの十年で最も大切にしてきたのは、単なる規模の拡大ではない。
もちろん、経営である以上、数字は極めて重要である。
売上も利益も、資金繰りも、経営者が甘く見てよいはずがない。
だが、数字だけを見ていては、会社の本質は見失われる。

私にとって経営の中心にあるのは、利用者さんが元気になること、ご家族が安心すること、スタッフがやりがいを持てること、
そして地域から「この場所があってよかった」と思ってもらえる存在になることである。
会社とは利益を生む装置である前に、誰かの人生や安心に関わる存在である。
そこに、私自身の経営観がある。


この点に照らして本書を読むと、非常に示唆深い。
なぜなら、本書が教えてくれるのは「どうすれば成功するか」という即効性のある技術ではなく、
経営とは何を背負う営みなのかという、より根本的な問いだからである。
どれほど華やかに見える起業であっても、その底には、決断の連続があり、耐える時間があり、結果を引き受ける孤独がある。

これは渋谷に限った話ではない。
地方にも、介護にも、福祉にも、そのまま当てはまる。
舞台が違うだけで、社長という存在の本質はそう大きく変わらない。


本書のもうひとつの美点は、成功した経営者を無敵の英雄として描いていないところにある。
成功した人にも迷いがあり、弱さがあり、それでもなお前へ進むほかなかったということが見えてくる。
私は、そこにこの本の誠実さを感じた。
経営者を神格化する本は、一見すると読んで気分がよいかもしれない。
だが、現実の経営に携わる者にとって、本当に参考になるのは、完全無欠の英雄譚ではない。
むしろ、揺れながらも決めるしかなかった人間の記録のほうである。
そのほうが、はるかに現実的であり、はるかに読む者の胸に残る。


私は以前から、経営とは、単に会社を大きくすることではなく、
何のために会社を存在させるのかを問い続けることだと考えている。

利益は必要である。
だが、利益だけが目的になった瞬間、会社はどこかで空洞化する。
人の温度が消え、理念は薄まり、結局は長続きしない。
私が目指してきたのは、利用者も幸せになり、スタッフもやりがいを感じ、地域の中で信頼される会社である。
その意味では、私の経営観は、藤田氏のフィールドとは違う場所に根ざしている。

しかしそれでも、本書から受け取るものは大きい。
どのような理念を掲げるにせよ、それを実際の経営において支えるのは、最後には経営者自身の責任感と持久力だからである。

『渋谷ではたらく社長の告白』は、起業を夢見る人のためだけの本ではない。
むしろ、すでに何かを背負っている人、組織を預かっている人、理想と現実の間で踏みとどまりながら生きている人にこそ、読む意味がある。

題名は少し派手である。
だが、中身は驚くほど地に足がついている。
そして、その地味なまでの真面目さが、あとから静かに効いてくる。

渋谷を舞台にした社長の本でありながら、読後に残るのは、渋谷だけに閉じた話ではない。

社長とは何か。
経営とは何か。
夢を掲げるとはどういうことか。

そして、その夢の代償まで、本当に自分は引き受ける覚悟があるのか。

そうした問いが、決して大声ではなく、しかし確かな重さをもって残る。

創業から十年という節目を前にして、私もあらためて思う。
社長とは、目立つ立場ではない。
腹をくくる立場である。

『渋谷ではたらく社長の告白』は、その当たり前でいて、実は最も重い現実を、あらためて思い出させてくれる一冊である。
そしてそれは、業界や規模を超えて、経営に携わる者すべてに共通する真実なのだと思う。

2026年04月29日 10:55
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