しゃちょの読書日記【ブログ更新しました】
書評①『予想どおりに不合理 ― 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」』
ダン・アリエリー(早川書房)
私たちが日々 “自分で選んでいる” と思っている行動の多くは、実は自分の意思ではなく“心の癖(バイアス)”によって左右されている。
そう言われると驚くかもしれない。しかし、本書を開くと、それが驚きではなく“日常そのもの”だと気づかされる。
著者のダン・アリエリーは、行動経済学の第一線で研究を続けてきた学者である。
本書には、彼が世界中で積み重ねてきた心理実験がふんだんに紹介される。
そしてその結論はこうだ。
「人間は驚くほど不合理である。しかし、その不合理性には一貫した法則が存在する」
その“法則”を理解すると、人生、ビジネス、人間関係のすべてが違って見える。
■本書が明かす“人間の不合理のパターン”
アリエリーは「人がどんな場面で判断を誤りやすいか」を実験で検証している。
特に印象的なのは次のような事例だ。
・“無料(FREE)”と聞くだけで、私たちは冷静さを失う
・“定価”という数字を見るだけで、価値の感じ方が変わる
・選択肢が多いほど、かえって選べなくなる
・“損したくない”という気持ちが、正しい判断を妨げる
これらは「感覚的な話」ではなく、すべて実験で証明されている。
読者はページを進めるほど、「自分の判断にも同じことが起きている」と気づき始めるだろう。
■本質は“人間は自分の非合理に気づいていない”という事実
より重要なのは、アリエリーのこの結論である。
「人は不合理である。それにもかかわらず、自分を合理的だと思い込んでいる」
この“二重の盲点”こそ、人生で誤った選択をし続ける最大の原因だ。
この視点が理解できるかどうかで、意思決定の質は大きく変わる。
アリエリーの説明は平易で、専門用語も必要最小限である。
難しい本が苦手な読者でも最後まで読み通せる。
ただし、本書は「読んで即人生が変わる」タイプではない。
“人間の性質を知って、冷静に判断するための地図”のような本だ。
人間を理解したい人、より良い選択をしたい人、自分の“癖”を知りたい人にとって、確実に価値のある一冊である。
この本を読むと、世の中の風景がひとつ違って見えてくる。
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書評②
『春宵十話』岡 潔(角川ソフィア文庫)
忙しい日々の中でふと立ち止まり、“心とはなにか”を見つめ直したくなる瞬間がある。
そんなとき、静かに寄り添い、心の奥を照らしてくれる本が『春宵十話』である。
著者の岡潔は、日本の数学界を代表する人物であり、世界的な業績を残した数学者である。しかし彼の興味は数字や公式だけではなかった。
人間の情緒、日本文化の根にある美、自然への感受性──こうした“心の働き”を生涯追求し続けた思想家でもあった。
本書はそんな岡潔が、晩年に語った十の話をまとめた随筆である。
難解さはなく、どの章も短く、静かな語り口の文章で構成されている。
■本書が語る「心の本質」
岡潔が一貫して述べるのは、「理性より先に、情緒が世界を形づくっている」という思想である。
本書では次のようなテーマが繰り返し語られる。
・人間の心には“理性”と“情緒”の二つの働きがある
・理性は情緒の上に乗っているだけで、根ではない
・美しいものを感じ取る力が、人生を豊かにする
・社会的な成功よりも、“どう生きるか”が大切
これらの言葉は強く主張するわけではなく、淡々と語られる。
それだけに、読み終えたあとにじんわりと残る余韻が大きい。
文学のようでもあり、哲学書のようでもあり、心の医学書のようでもある。
まさに「静かな伴走者」のような一冊だ。
本書は短いが内容が深いため、一気に読むと疲れる場合がある
ただし、これらは欠点ではなく“この本の性質”である。
『春宵十話』は、人生のスピードを落として読むからこそ、価値が生まれる。
心を静かに整えたいとき、人生の節目で立ち止まりたいとき、日本の情緒を思い出したいとき──この本は確かな灯りとなる。
派手さはなくとも、時を重ねるごとに味わいが深まる不朽の随筆。
2025年12月04日 12:47
