しゃちょの読書日記【ブログ更新しました】
【書評1】
『こんな美しい夜明け』加藤剛著(岩波書店)
この本には、喧噪に満ちた時代においてなお、「静けさ」という美徳を貫いた男の気骨とやさしさが、静かに、しかし深く刻み込まれている。
加藤剛――その名を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、凛とした佇まいの俳優像、なかでも「大岡越前」としての品格に満ちた姿だろう。
だが、本書を読み終えたとき、その印象は単なる役の延長ではなく、「あれは加藤剛その人だったのだ」と静かに確信することになる。
本書を通じて垣間見える人柄は、まさに“大岡越前のイメージそのまま”である。
正義を声高に語らず、ただ背中で示す。
威圧ではなく包容、誇示ではなく節度。
そんな生き方が、演技ではなく実人生において貫かれていたことが、行間から滲み出るように伝わってくる。
『こんな美しい夜明け』というタイトルには、派手さも押しつけもない。
だがその言葉は、まるで朝焼けのように淡く、確かに世界を照らす力を持っている。
俳優人生四十年の回顧録にありがちな武勇伝や自己顕示はここには一切なく、むしろ彼が照らし出すのは、共に歩んできた仲間たちの姿と、その時間の尊さである。
文章は驚くほど端正で、過不足がない。
読み進めるうちに、何か特別な教訓があったわけでもないのに、「こんなふうに生きたい」と思わされる。
共演者との時間を語る章では、その人の気配や呼吸までも丁寧に描かれ、結びには「自分はそこから何を学んだのか」という視点が添えられる。
その謙虚さと深い洞察に、読み手は思わず背筋を正す。
そして何よりこの書は、「老いること」への希望に満ちている。加藤剛の言葉を通すと、老いとはしぼむことではなく、退くことでもない。
むしろ、人生が深まり、静けさと澄みわたる視野を獲得していく過程だとすら思えてくる。
役を演じていたのではない。役に“なる”ことを通じて、己の生き方と響かせていたのだ。
それゆえに、あの「大岡越前」の風格は作り物ではなく、生き様の投影であったと気づかされる。
本を閉じたとき、まさに夜が明けるような清々しさが胸に残る。
誠実に、黙々と、ひたむきに。そんな生き方がどれほど人を打つかを、この一冊は静かに、しかし確かに伝えてくれる。
人生の岐路に立つすべての人にとって、本書は“足元の道を照らす灯”となるだろう。
【書評2】
『ゼロヒャク 0→100 生み出す力』水野和敏・小泉和三郎著(プレジデント社)
この本は、まるで高回転エンジンのような存在だ。
読み始めた瞬間に心に点火し、気づけばこちらの思考もギアを上げている。
静かに読もうとしていたはずが、いつのまにか前傾姿勢になり、視野も意識も研ぎ澄まされていく。
そんな加速体験をもたらす、希有な一冊である。
語り手の一人、水野和敏は、あの日産GT-Rの開発責任者。
彼は理想を語るが、決して夢見がちではない。すべてを「実装可能性」という現場の地平に落とし込むリアリストでありながら、既成概念を破壊する革新者でもある。
タイトルの「0→100」は、単なる速度の比喩ではない。
発想から製品化、さらには社会への実装へ――創造は爆発ではなく、設計の積み重ねなのだという思想が行間に宿っている。
共著の小泉和三郎は、がん治療の世界的権威であり、異なる分野に身を置きながらも、水野と「問いの立て方」で共鳴している。
「なぜ、それをやるのか?」「誰のために、どこまで貫くのか?」
その本質的な視点は、医療にも、介護にも、教育にも、経営にも通じる。
つまり、本書はあらゆる分野における“構想力”の教科書でもあるのだ。
本書は技術や理論の指南書ではない。
読み手自身に“君のゼロはどこか?”を突きつけてくる。
そして、“そこからどうやって100へ向かうのか”を真正面から問い返してくる。
刺激的でありながら、嫌味がない。
熱量が高くても、暑苦しさがない。
だからこそ、この書は若き起業家だけでなく、ある種の“疲れ”を抱えた中堅やベテランにこそ効く。
思考をストレッチしたいすべての読者に、確かな効能をもたらす。
黒と赤のカバーは、一見すると強烈な対比だ。
だが、読み進めるほどに、それが「論理と情熱」「技術と人間」「構造と魂」の緊張関係を象徴していることに気づく。
まさに“両輪”を同時に回す加速装置としての本。
もし、本気で何かを変えたいと思っているなら、この本は迷わず読むべきだ。
それは生ぬるい改善ではなく、“本気の変革”を渇望する者のための実戦的バイブルである。
【結語】
この二冊は、まるで呼吸の“表”と“裏”のようだ。
『こんな美しい夜明け』が“静”であり、『ゼロヒャク』が“動”。
だが、その根底に流れるものは同じだ――「信念に生きる」という美しさである。
生きるとは何か。働くとは何か。誰かの役に立つとは、どういうことか。
この二冊は、そんな根源的な問いに対し、まったく異なる角度から、しかしどちらも真正面から応える。
静かに歩み、時に全力で駆け抜ける。
そんな人生を志す人にとって、これらは最良の“両輪”となるだろう。